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福岡高等裁判所 昭和59年(行ケ)1号 判決 1985年8月07日

原告

本田親夫

右訴訟代理人

紫垣陸助

高木聡廣

高木絹子

被告

熊本県選挙管理委員会

右代表者委員長

岳中典男

右指定代理人

舞田邦彦

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  昭和五八年一二月一八日執行の熊本県下益城郡中央町議会議員一般選挙における当選の効力に関する審査請求につき、被告が昭和五九年四月二三日にした裁決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五八年一二月一八日執行の熊本県下益城郡中央町議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補し、当選した。

2  訴外舛本頼登外一名は、原告の右当選の効力に異議があるとし、中央町選挙管理委員会(以下「町選管」という。)に異議申出をしたところ、町選管は昭和五九年一月一八日右異議申出を棄却する旨決定した。

3  右訴外人らは、右決定を不服として、右決定について審査の申立をしたところ、被告は、同年四月二三日町選管のした右決定を取消し、本件選挙における原告の当選を無効とする裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

4  本件裁決の理由の要旨は、次のとおりである。

(一) 本件選挙において、選挙会は、候補者原告(最下位当選人)の得票数を一七一票、候補者舛本頼登の得票数を一七〇票と決定した。

(二) しかしながら、選挙会が無効投票と決定したもののなかにある「松本頼登」、「松本ライト」と記載された各一票の投票は、いずれも舛本頼登に対する有効投票と認めるのが相当である。

(三) 右二票の効力をこのように解すると、舛本頼登の得票数は一七二票となり、原告の得票数一七一票を上回ることになるから、前記異議申出を棄却した町選管の決定を取消し、本件選挙における原告の当選は無効である。

5  しかしながら、本件選挙においては、松本貞雄なる候補者が別に存在するのであつて、被告が舛本頼登の投票に算入した前記二票は、候補者松本貞雄と同舛本頼登との氏と名とを混記した無効票とすべきものであり、被告の本件裁決は違法である。その理由は、以下のとおりである。

(一) 本件裁決は、専ら記載された氏の字音的近似性、即ち、「舛本」と「松本」との「舛」と「松」との字音における相互の近似性を重視し、前記二票はいずれも舛本頼登の「舛」を「松」と誤記したものと認めているが、「舛」と「松」とは字形が全く異つており、また前記二票はいずれも姓については漢字で「松本」と明記しているのであつて、一般に、候補者を特定するには先ず姓によつて区別し、これに名を付加するもので、名は姓よりは一般の注意を惹くことが少ないことは経験上明らかであるから、「松本」と姓を明記した前記二票を舛本頼登に対する有効票とした本件裁決は失当というべきである。

(二) また、本件のごとく二名の候補者の氏名に類似する記載のある投票について、その効力の有無を判断するについては、抽象的にいずれの候補者に対する投票であるかを判断することは非常に困難であるから、更に選挙の種類、状況等、当該選挙の具体的事情をも勘案すべきところ、本件選挙には次のような事情があり、この点からも前記二票は無効票というべきである。

(1) 本件は町議会議員の選挙に関するものであるが、本件選挙の執行された熊本県下益城郡中央町は、人口一万人弱で有権者数約四、三〇〇人の純農村地帯であり、町外からの転入等の人口移動の少ない町である。このような町で、松本貞雄は今回が初めての立候補であるのに対し、舛本頼登は二期に亘つて町会議員を勤め今回は三期目を目指しての立候補であり、その氏も町民の間には十分に知れわたつているのである。そして、同町には「舛本」なる姓が少ないという点をも併せ考えると「舛本」を「松本」と誤記することは通常考え難いことである。

(2) 本件選挙運動の状況をみると、運動期間中、各候補とも通常一日に二回位(少なくとも一回)は町内全部を選挙カーで回つており、その際、事前の選挙管理委員会の説明会において氏名の不一致は混記として無効となる旨の注意もあつて、松本貞雄は「松本」と、舛本頼登は「頼登」と記載するよう呼びかけ、混同されることのないよう選挙運動を展開してきたものである。

また、松本貞雄、舛本頼登両候補のポスターの掲示位置及び投票記載台における氏名の記載位置はいずれも離れている。

右のような点からしても、前記二票が舛本頼登を誤記したものとは考えられない。

(3) 本件のような町会議員の選挙においては、屡々地区代表という形で立候補がなされるが、他面、各地区間で血縁関係も複雑に交錯している。そのため、地縁、血縁のしがらみから、複数の候補者に対する義理立てのため、敢て複数の候補者名を記載した旨の発言はよく聞かれるところであり、本件も同様に松本及び舛本両氏に対する義理立てのため敢て混記したものと考えるのが最も妥当であり、単純な誤記とは考え難い。

6  以上のとおり、前記二票はいずれも混記として無効であつて本件裁決は違法であるから、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

請求原因1乃至4の事実は認めるが、その余は争う。

投票の効力は、氏名全体の近似性から判断すべきところ、前記二票はいずれも氏名のうち姓の一文字を除き舛本頼登と一致しているばかりでなく、舛本頼登の名「頼登」は極めて個性的な名であり、前記二票はその名の部分で一致しており、かつ氏の部分についても「舛本」に対し「松本」と字音上近似性が高く、したがつて、前記二票は舛本頼登と氏名全体の近似性が高いのに対し、松本貞雄とは姓のみの一致であり、名は「貞雄」に対し「頼登」と字形、字音いずれも近似性がなく、したがつて、氏名全体の近似性は低いというべきである。そうすると、前記二票をいずれも舛本頼登に対する有効票と決定した本件裁決は正当であつて、原告の主張は理由がない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1乃至4の事実については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件選挙において選挙すべき人員一四人に対し二〇人が立候補し、その中に松本貞雄がいたことが認められる。

二右各事実及び弁論の全趣旨によれば、本件訴訟の争点は、本件選挙の投票中の「松本頼登」及び「松本ライト」と記載された各一票が、候補者舛本頼登に対する投票としてこれを有効票と認めるべきか、それとも同候補者の名と他の候補者である松本貞雄の氏の混記されたものとして無効票と認めるべきかの点に帰することは明らかであるので、以下この点について検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

1  本件係争票二票は、いずれも一字一字少しずつ字間をあけて比較的明瞭に「松本頼登」、「松本ライト」と記載されている。

2  候補者舛本頼登が選挙運動のために使用したポスターには、その中央に黒色で縦書に「舛本ライト」と、その名は漢字の頼登に代えて片仮名で「ライト」と表示され、その横に同じく縦書で「マスモト」とその氏が片仮名で朱書されており、同候補の選挙カーの上に掲げた看板には、漢字で横書に「舛本頼登」と黒書され、その上に横書に「ライト」と名が朱書されており、また、町選管が投票記載台前に掲げた同候補の氏名は「舛本ライト」と表示されている。そして、同候補は他の候補と同様選挙カーで一日一回程度は選挙区を駆け回り、氏名を連呼する場合には「ますもとらいと、らいと」といつた具合に氏よりも名を強調して呼びかける場合が多かつた。

他方、候補者松本貞雄の選挙用ポスターには、その中央に縦書で「松本貞雄」と漢字で黒書され、その横に同じく平仮名で「まつもと」と朱書されており、また、町選管が投票記載台前に掲げた同候補の氏名は「松本貞雄」と表示されている。

尚、右両候補の右ポスターの掲示位置及び投票記載台前に掲げられた氏名の記載位置は、いずれも離れている。

3  候補者舛本頼登に対する有効票のうち、原告が有効票であることを争わずに検証を求めた三七票の記入状況をみると、「ライト」と記載されたもの一二票、「舛本」と記載されたもの八票、「らいと」及び「舛本頼人」と記載されたもの各四票、「ますもと」と記載されたもの三票、「マスモト」及び「舛本ライト」と記載されたもの各二票、「舛本らいとう」及び「福本ライト」と記載されたもの各一票となつている。

4  候補者舛本頼登は二期に亘つて町会議員を勤め、本件選挙は三期目を目指しての立候補であり、松本貞雄は今回が初めての立候補である。

5  本件選挙は、定数一四人に対して二〇人が立候補し、中央町始まつて以来の大激戦といわれ、当日の有権者四、二四六人中四、〇七八人が投票し、その投票率は九六、〇四パーセントに及んだ。

6  尚、日本電信電話公社発行の熊本県南部版五〇音別電話帳(昭和五八年六月三〇日現在)の中央町欄に記載されている舛本姓のものは候補者舛本頼登を含めて三人、松本姓のものは同松本貞雄を含めて二二人である。

三そこで、右認定事実を踏まえて本件係争票二票につき検討するに、右二票はいずれもその氏が「松本」と比較的明瞭に記載されていること前記認定のとおりである。

ところで、右「松本」と被告がそれらを候補者舛本頼登に対する有効票とした同候補の氏「舛本」とを共に訓読した場合、前者は「まつもと」で、後者の「ますもと」とは「つ」と「す」を異にするだけで、その人に与える語感は極めて類似する。そして、選挙人は、常に必ずしも平常から候補者たるべき者の氏名を記憶しているわけではなく、選挙に際しての掲示、ポスター、連呼、ロコミ等多数の媒介手段を通じて候補者を知る場合も多いのであるから、その際に氏名を誤つて記憶し、あるいは二人の氏名を混同して一人の候補者の氏名として記憶することのある場合のあることは推測に難くなく、このことは、本件のごとく語感が類似する場合に多く起きうることは従来の選挙における幾多の先例が示すところでもある。

そして、右のことは、原告の主張するように中央町が人口移動の少ない純農村地帯であつても、また、前認定のごとく候補者舛本頼登が町議を二期勤め本件選挙が三期目の立候補であり、同候補の選挙用ポスターの掲示位置あるいは投票記載台における氏名の記載位置が候補者松本貞雄のそれと離れていても、はたまた中央町における「舛本」姓が比較的少なく珍しいものであり、本件選挙が激戦であつても、四、〇〇〇人を超える投票者を数える本件選挙にあつては、それは程度の問題にすぎないものというべく、このことは前認定のごとく候補者舛本頼登に対する投票中に「福本ライト」と記載された投票があること、検証の結果によれば候補者松本貞雄に対する投票中に「すぎもとさだお」と記載された投票の存することが認められること等からも窺うに十分である。

そこで、以上を前提に本件係争票二票につき、更に検討することとする。

四「松本頼登」と記載された投票の効力について

候補者舛本頼登の名「頼登」は極めて個性の強い名であるところ、本件係争票はその名「頼登」を明瞭に記載しているばかりか、その「松本頼登」は同候補の氏名のうち「舛」が「松」になつているだけでその下の三文字「本頼登」は同一であり、その全体としての語感、字形は同候補の氏名に極めて近似する。他方、候補者松本貞雄とは氏のみの一致であり、名は「貞雄」に対し「頼登」と語感、字形共に近似性は全くなく、したがつて、氏名全体としての語感、字形も近似性は極めて低いというべきである。

そして、公職選挙法六七条後段の法意に照らすと、当該投票の記載が候補者の氏名と一致しない場合であつても、その記載から選挙人の意思が判断できるときは、できる限りその投票を有効とするように解すべきところ、前判示の諸事情に照らすと、本件係争票は「舛」と「松」とを誤記した候補者舛本頼登に対する有効票と認めるのが相当である。

五「松本ライト」と記載された投票について

候補者舛本頼登が、その名を「ライト」とポスター等で鋭意宣伝し、その効果が投票の結果にも相当の効果をもつてあらわれていること前認定のとおりである。そして、右「ライト」は、同候補の名「頼登」より、一層個性的であることは多言を要しないところというべきである。そうすると、右本件係争票は、前記係争票「松本頼登」より一層強い理由で候補者舛本頼登に対する有効票と認めるのが相当である。

六尚、原告は、本件係争票二票は、中央町の地縁、血縁のしがらみから敢えて混記された可能性の強いものである旨主張し、原告本人尋問の結果中には、一部これに沿うかのような部分がないではないが、にわかに措信し難いばかりでなく、そもそも公職選挙法六七条後段の法意に照らすとき、候補者制度を採る選挙においては、選挙人は通常候補者に投票する意思をもつて投票に記載したものと推定すべきであるから、原告の右主張は到底採用することができない。

七以上の次第であつて、本件係争票二票を候補者舛本頼登に対する有効票であるとし、原告の当選を無効とした被告の本件裁決は相当であつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢頭直哉 裁判官山口茂一 裁判官萱嶋正之)

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